何が起きたか:2030年に6.7万人が未充足となる米国の半導体労働力予測
米国半導体工業会(SIA)とオックスフォード・エコノミクスは、米国の半導体労働力に関する推計レポートを公表しました[5]。米国の半導体産業における直接雇用は、2023年初頭の約34万5,000人から2030年には約46万人(45万9,800人)へ増加します[1, 2]。約11万5,000人(11万4,800人)の新規雇用が生まれる計算です[3, 4]。しかし既存の学位修了率が続いた場合、新規雇用の58%にあたる約6万7,000人が未充足になるリスクが指摘されています[1, 2, 3, 4, 5]。この推計は、世界半導体売上が2022年の5,740億ドルから2030年に1兆ドルへ拡大し、米国の直接雇用が年平均4.2%で伸びる中成長シナリオを前提としています[6]。
人材不足は特定の職種にとどまらず、技術職全般に及んでいます[9, 10]。職種別の不足数は、エンジニア(設計・開発技術者)が約2万7,300人で全体の41%を占めます[7, 8]。現場を支える技術者(テクニシャン)が約2万6,400人で39%、コンピューターサイエンティストが約1万3,400人で20%です[7, 8]。エンジニア不足約2万7,300人の学歴別内訳を見ると、学士レベルが約9,900人(36%)、修士レベルが約1万2,300人(45%)、博士レベルが約5,100人(19%)となっています[11, 12]。製造装置の運用や保守から先端プロセスの設計改善まで、幅広い採用難が予想されています[10]。
| 職種カテゴリ | 不足人数(人) | 構成比(%) | 学歴・学位の内訳 |
|---|---|---|---|
| エンジニア | 約27,300 | 41% | 学士: 約9,900人(36%) 修士: 約12,300人(45%) 博士: 約5,100人(19%) |
| 技術者(テクニシャン) | 約26,400 | 39% | 主に2年制学位以下・実務訓練 |
| コンピューターサイエンティスト | 約13,400 | 20% | 主に4年制学位 |
推計の対象範囲は、ファブ(半導体製造工場)、設計、製造装置、EDA(電子設計自動化)ソフトウェアを含む直接雇用に限定されています[13, 14]。2023年初頭の直接雇用約34万5,000人のうち、製造関連雇用は約23万6,000人を占めていました[13, 15]。材料サプライヤーや、バックエンドの組立・テスト・パッケージング(ATP)などの周辺雇用は計算に含まれていません[14, 16]。需要側の推計には、新規雇用だけでなく既存人員の離職に伴う年間代替率(技術者11%、エンジニア6%、計算機科学者7%)が加算されています[17]。新規雇用の職種構成比は、製造部門では技術者50%、エンジニア20%、計算機科学者5%と設定されました[18]。設計部門ではエンジニア40%、計算機科学者30%として配分されています[18]。
不足数の約6万7,000人は、全米全体の技術職不足率(技術者20%、エンジニア39%、計算機科学者39%)を半導体産業の需要に適用して算出されました[19]。供給側は、米国の教育統計データ(IPEDS)から半導体関連の学位修了者を抽出し、専攻と職業の適合率を考慮して推計されています[20]。将来の労働参加率の変動は推計式に直接組み込まれていません[21]。また公開された計算方法では、工場の建設遅延や投資縮小・中止が独立したシナリオとして扱われていません[22]。発表済み投資による約4万4,000人の追加需要を含む固定的な成長予測に基づいているため、実際のプロジェクト進捗によって不足数は変動する余地があります[22]。
後輩6万7,000人という不足数は、計画中の工場がすべて順調に立ち上がる前提の数字なんですね。
先輩その通りだね。推計の計算式は、工場の建設遅延や投資規模の縮小といった不確定要素を織り込んでいないんだ。
後輩工事が長引いたり投資計画が変更されたりすれば、必要な採用数そのものも変わってきませんか?
先輩確かに需要の発生時期はずれ込むね。ただ、遅れが出たとしても先端技術を支える専門人材のパイプライン自体が細い構造は変わらないよ。
後輩目先の数字だけに囚われず、人材供給の基盤が追いついていない本質を見る必要があるわけですね。
なぜ今か:CHIPS法による大型ファブ投資と先端技術の同時立ち上げ
米国のCHIPS法(半導体支援法)を受けた大型投資計画が、半導体人材需要を押し上げる要因の一つとなっています[23]。米国政府の手厚い財政支援を受け、先端半導体の製造拠点が国内に短期間で集中しています[23]。たとえばTSMCアリゾナは、フェニックスに3棟の先端ファブを新設するために650億ドル以上を投資する計画です[23]。インテルも米国内の複数プロジェクトに向けて、2030年までに約900億ドルの投資を予定しています[23]。巨大ファブの立ち上げは、建設から操業に至る技術者の需要増加につながる可能性があります[23]。
さらに人材需要を複雑化させているのが、先端パッケージング技術の急速な台頭です[24]。先端パッケージングとは、複数のチップを高密度に集積し、配線や熱管理を一体化して性能を引き上げる後工程の技術です[26]。AI向けHBM(高帯域幅メモリ)の需要増に対応するため、SKハイニックスはインディアナ州に約38.7億ドルを投じ、約1,000人規模のパッケージング工場と研究開発拠点を設けます[24, 26]。アムコー・テクノロジー(Amkor)もアリゾナ州に約20億ドルを投資し、約4,000人の雇用(建設ピーク時含む)を見込んでいます[24]。米商務省も国家先端パッケージング製造計画(NAPMP)を通じて14億ドルの最終支援を発表し、最大16億ドルの公募を進めています[24, 25]。これにより、チップレット設計、異種集積、EDA、計測・検査など、研究開発と製造を横断する専門人材の需要が生じています[25, 26]。
CHIPS法の支援を受け、装置・素材企業も投資や雇用計画を発表しています[27]。真空装置大手のエドワーズ・バキューム(Edwards Vacuum)は、ニューヨーク州の施設で最大500人の生産職と100人の建設雇用を創出する計画です[27]。ガラス基板を手がけるアブソリックス(Absolics)はジョージア州で約1,200人、材料大手のインテグリス(Entegris)はコロラド州の製造センターで約900人の新規雇用を予定し、最大7,700万ドルの支援を受けます[27, 28]。半導体エコシステム全体で製造・保守・材料技術者の採用が同時に進行し、求人市場の逼迫を加速させています[27, 28]。
何が変わるか:求められる技能の二極化と教育・採用システムの転換
半導体産業で求められる職能は、現場の保全技術者と大学院レベルのエンジニアという両極へ分かれています[29]。クリーンルーム(微粒子を排除した防塵作業室)では、真空装置、ロボット搬送、統計的プロセス管理(SPC)、精密化学などの実務経験を持つ人材が不足しています[29]。とりわけ製造装置の保守を担う技術者には、長時間の現場経験が求められます[30]。グローバルファウンドリーズ(GlobalFoundries)の徒弟制度では、16〜24か月の期間中に約2,700時間もの有給OJT(職場内訓練)を課しています[30]。短期間の資金投入だけでは即戦力の技術者を増やせない構造的な障壁が存在します[30]。
このギャップを埋めるため、米国政府と教育機関は育成プログラムの転換を急いでいます[31]。米商務省は今後10年間で10万人の新規技術者を育成し、半導体関連の大学卒業者を3倍に増やす目標を掲げました[31, 32]。国家半導体技術センター(NSTC)の人材中核拠点(WCoE)には、10年間で2億5,000万ドルが投じられます[31]。マリコパ郡コミュニティカレッジが技術者300人の追加訓練を担うほか、ロチェスター工科大学(555人)やテキサスA&M大学(7,500人)でも実習課程が新設されました[34]。短期資格や徒弟制度の活用が進む一方、実機訓練や企業実習と結びつかない単なる座学の拡充では即戦力化が難しい実態もあります[33, 35]。米国会計検査院(GAO)も、面接や書類作成に偏った訓練プログラムでは実務技能の習得が不十分になると指摘しています[36]。
CHIPS法の成立以降、半導体職の求人広告における提示賃金中央値は35%以上上昇しました[37]。しかし賃金を引き上げるだけで採用難が解消するとは断定できません[37]。特に高度エンジニアの不足には、留学生の定着を阻むビザ制度の壁が存在します[38]。米国大学における工学系大学院修了者のうち、修士卒の約50%、博士卒の約60%を留学生が占めています[38]。報告書は供給推計で、外国人STEM修士修了者の約80%、博士修了者の約25%が卒業後に米国を離れると仮定しています[39, 40]。高度な専門性を持つ頭脳の多くが、制度的制約によって米国内に定着できていません[38, 40]。
製造ラインの自動化は定型作業を減らす可能性がありますが、人材不足の特効薬にはなりにくいと指摘されています[42]。設備の仮想化や自動化が進むほど、ロボットの運用や装置保全、計測・検査といった新たな専門技能の需要が生まれるためです[42]。SIAの労働推計モデルにおいても、自動化や生産性向上による人員削減効果は計算式に織り込まれていないとみられます[41]。したがって半導体人材の不足は単一の施策では解決できず、賃金改善、海外人材の受け入れ、企業連携型訓練、生活支援などを総合的に組み合わせる必要があります[43]。
後輩給与を35%も引き上げているなら、他業界からどんどん人が集まって解決しそうに見えますね。
先輩賃金改善は応募のきっかけにはなるけれど、それだけで現場の即戦力が増えるわけではないんだよ。
後輩即戦力化できない理由は何があるんですか?
先輩クリーンルームの保全には数千時間のOJTが必要だし、先端研究を担う留学生の多くはビザの制約で出国してしまうんだ。
後輩お金を出すだけで解決する話ではなく、時間のかかる訓練と法律上の受け入れ制度がボトルネックになっているんですね。
先輩その通りだね。工場を建てても人を育てる仕組みと留める仕組みが揃わないと、操業の壁に突き当たってしまうよ。
誰に影響するか:工場誘致に沸く地域社会と非伝統的労働者の参入
半導体工場の新設ラッシュは、特定の地域社会に強烈な採用プレッシャーをもたらしています[44]。アリゾナ州、テキサス州、オハイオ州、ニューヨーク州、アイダホ州、オレゴン州などの集積地域では、企業が限られたエンジニアや技術者を奪い合っていると報告されています[44]。ただし地域別の詳細な労働力データは公表されていないため、局所的な過熱の度合いを断定することはできません。すでに全米22州の80校以上のコミュニティカレッジが半導体訓練を開始・拡充しており、地域全体で労働者の育成を急いでいます[46]。
労働供給の母集団を広げるため、女性、退役軍人、農村部住民など「非伝統的労働者」の採用拡大が図られています[45, 48]。しかし半導体ファブは24時間体制の交代勤務が多く、採用後の定着には大きな課題が伴います[45, 48]。米商務省も指摘するように、信頼できる保育施設の確保や交通アクセス、住宅インフラの整備が就労継続の前提となります[45, 46, 48]。女性の参入を促すメンター制度やロールモデルの整備についても、職場環境や賃金体系、採用枠の改善が伴わなければ効果は限定的と指摘されています[49]。地域社会と自治体が連携した生活基盤の支援が不可欠です[47, 48]。
後輩工場が誘致されれば地元が潤って歓迎されるだけだと思っていましたが、街側の負担もかなり大きいんですね。
先輩そうだね。24時間稼働の工場が建つと、交代勤務に対応できる保育施設や住居、通勤手段が地域に不可欠になるんだ。
後輩生活インフラが整っていなければ、いくら給料が良くても働き続けられない人が出てしまいますね。
先輩その通りだよ。人材の確保は人事部門の採用活動にとどまらず、自治体と組んだ地域全体のインフラ整備にかかっているんだ。
後輩産業政策と都市計画がセットで動かないと、工場の定着自体が難しくなるわけですね。
他国の状況:台湾・韓国・日本・欧州・中国も直面する世界的な人材獲得競争
半導体人材の不足は、米国だけの課題ではありません[50, 53, 56, 58]。世界の主要生産拠点でも、国家を挙げた人材育成策が動いています[51, 54, 57]。台湾では2024年から2026年にかけて、IC設計(約2万100人)、IC製造(約2万3,200人)、封測(パッケージング・テスト、約2万540人)で計約6万3,840人の専門人材需要が見込まれます[50]。国際学生の台湾就職率が47%にとどまる中、台湾政府は大学院の研究院設置や産学共同拠点を通じて年1万人の追加育成を目指しています[50, 51]。TSMCも2024年に世界で1万人超を採用し、研修費に約11億台湾ドルを投じました[52]。韓国では、半導体人員が2021年の17万7,000人から2031年に30万4,000人へ増加し、今後10年間で約12万7,000人の追加人材が必要とされています[53]。韓国政府は「半導体ワンチーム」を掲げ、特性化大学やポリテクニック大学(2024年に1,025人育成)を通じて10年間で15万人超の育成を進めています[54]。サムスン電子はシステム半導体へ133兆ウォンを投資し、1万5,000人を直接採用する方針です[55]。
日本でも主要半導体企業8社において、今後10年間で少なくとも4万人の追加人材が必要と見込まれています[56]。経済産業省は全国6地域で産学官の人材育成コンソーシアム(共同体)を立ち上げ、技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)などを通じて次世代半導体の高度人材育成を進めています[57]。欧州では、2023年の雇用約38万2,200人に対し、EU Chips Actの生産目標を背景に2030年までに27万人超のポジション需要が見積もられています[58]。欧州の調査では、企業の主要な採用障壁として「資格を持つ人材の不足」(45%)と「応募者の不足」(44%)が挙げられています[59]。インテルもドイツ工場に最大45億ユーロを投じ、直接雇用約1,500人、サプライヤー等約3,500人の雇用を計画しています[60]。中国も集積回路分野で大学・職業教育・企業研修を組み合わせ、国家レベルの人材国際訓練拠点の整備を政策手段として推進しています[61]。
| 国・地域 | 人材需要の規模と見通し | 政府・産業界の育成目標・施策 |
|---|---|---|
| 台湾 | 2024〜2026年に約63,840人 (設計約20,100人、製造約23,200人、封測約20,540人) | 年間1万人の追加人材育成目標 大学内研究院、産学共同R&Dセンターの整備 |
| 韓国 | 今後10年間で約127,000人の追加需要 (2021年17.7万人 → 2031年30.4万人) | 2031年までに15万人超の育成方針 特性化大学・大学院、ポリテクニック教育の拡大 |
| 日本 | 主要8社で今後10年間に少なくとも4万人 | 全国6地域で産学官コンソーシアムを設置 LSTCによる次世代半導体の高度人材育成 |
| 欧州 | 2030年までに27万人超のポジション需要 (2023年雇用は約382,200人) | EU Chips Actに基づく育成支援 資格人材不足(45%)や応募者不足への対応 |



