「AnyPS5」の登場とPC上でのPS5タイトル動作の確認
オープンソースプロジェクト「AnyPS5」が、PlayStation 5(PS5)のゲーム実行ファイルをPC環境へ移行させる技術基盤を公開しました[1]。本プロジェクトは、PS5の実行ファイルをLinuxやWindowsのネイティブ形式に再リンク(relink)するソースコードを提供しています[1]。再リンクとは、実行ファイルを対象システムのネイティブ形式へ変換し、必要なシステムライブラリを動的リンクする技術です。加えて、動的リンクに適したPS5のシステムライブラリ(PRX)の実装も提供されています[1]。
本技術の大きな特徴は、一般的な仮想マシンによるエミュレーションや独立したランタイムプロセスを用いない点にあります[1]。AnyPS5の上流リポジトリのREADMEによると、実際の商用ゲームがロゴ表示、メインメニュー、そして音声付きのゲームプレイまで到達したと報告されています[2]。同READMEで共有されたゲーム画面キャプチャのタイトルバーには、『Dreaming Sarah』という作品名が表示されていました[2]。
さらに、AnyPS5の技術基盤を活用した派生プロジェクト「DeadCells-PS5 Native」が登場しました[3]。同プロジェクトは、PS5版のゲームファイルを利用してWindows上で動作させる公開ビルド(v0.1.0)をGitHub Releasesで配布しています[3]。派生版の開発チームは、『Dead Cells: Return to Castlevania Edition』を対象に動作検証を行いました[4]。その結果、ロゴ表示からゲームプレイまで、音楽や効果音を伴った状態で動作が確認されています[4]。
後輩エミュレータを使わずにPS5のソフトが動いたと聞いて驚きました。これって従来のゲーム互換ツールと何が違うんですか?
先輩仮想的なゲーム機本体をパソコンの中に丸ごと再現するのではなく、ゲームのプログラムそのものをPC用のアプリとして作り直す発想なんだよ。
後輩本体の真似をするのではなく、ゲーム側をPC向けに適合させて直接動かしているわけですね。
先輩その通りだね。本体を模倣する重い処理を挟まないから、実行時の仕組みが根本的に異なっているよ。
なぜエミュレーションが不要なのか:PS1からPS5へ至るアーキテクチャ変遷と再リンク技術
家庭用ゲーム機をPC上で動作させる技術は、PlayStationの世代交代とともに大きく変化してきました。初代PlayStation(PS1)はMIPSアーキテクチャのCPUと独自の描画プロセッサを搭載していました。続くPlayStation 2(PS2)では「Emotion Engine」、PlayStation 3(PS3)では「Cell Broadband Engine」という、極めて特殊かつ複雑な専用CPUが採用されました。これらはPCと命令体系やプロセッサ構造が根本から異なっていたため、PC側でハードウェア全体の挙動をソフトウェア的に模倣する「エミュレーション」が不可欠でした。
これに対し、PlayStation 4(PS4)およびPS5では、PCと同じx86-64アーキテクチャのプロセッサが採用されました。プロセッサが直接解釈する基本命令セットが共通化したことで、CPU命令を逐一変換する仮想マシンを用意する必要性が薄れました。このアーキテクチャの共通性が、ハードウェア模倣を排した「再リンク(relink)」というアプローチを可能にする土台となっています。
AnyPS5は、PS5の実行ファイルを変換し、LinuxやWindowsが直接解釈できるネイティブ形式へと書き換えます[1]。同時に、PS5固有のシステムライブラリ(PRX形式)の呼び出しを、PC向けの通常のダイナミックリンクライブラリ(DLLなど)へと繋ぎ替えます[1]。グラフィックス面では、ゲームが要求するGPUシェーダー命令を、低オーバーヘッドな描画APIであるVulkan向けの中間表現「SPIR-V」へと再コンパイルします[5]。シェーダーとは、画面上の陰影や色彩の計算を担う専用プログラムです。これらの処理により、PCのハードウェア上でゲームコードを直接走らせることが可能になります。
後輩CPUの命令体系が同じなら、原理的にはそのまま動かせるはずですよね。なぜ今まで難しかったんですか?
先輩プロセッサの言葉が同じでも、OSが提供するシステム機能やGPUの描画手続きがゲーム機専用に作られているからだよ。
後輩つまりハードウェアの翻訳は不要でも、OSやグラフィックス命令の架け橋が大量に必要になるわけですね。
先輩その通りだね。AnyPS5はその架け橋をシステムライブラリの差し替えとシェーダーの変換で埋めているんだよ。
実機に迫る描画性能と開発途上の技術的負債
エミュレーションのオーバーヘッドを排した再リンク手法は、高い描画フレームレートという形で成果を示しています。派生プロジェクトであるDeadCells-PS5 NativeのREADMEによると、NVIDIA RTX 5070 Tiを搭載した検証機において、屋内シーンで約55〜60 FPS、屋外シーンで約30〜35 FPSの動作速度が記録されました[6]。検証機におけるシーン別の報告フレームレートが示されています。
| シーン区分 | 報告フレームレート (FPS) | 測定検証環境 |
|---|---|---|
| 屋内シーン | 約55〜60 | NVIDIA RTX 5070 Ti |
| 屋外シーン | 約30〜35 | NVIDIA RTX 5070 Ti |
上記のように描画負荷の差によってフレームレートの変動は見られるものの、ゲームプレイが成立する速度を達成しています[6]。しかし、その一方でプロジェクト内部には数多くの技術的負債が存在します。AnyPS5のREADMEによると、現行の実装では未対応の機能や想定外の状態に遭遇した場合、システムが例外(std::runtime_error)を投げ、標準エラー出力にエラー内容を書き出してプロセスが直ちに終了します[7]。
さらに、AnyPS5が公開している技術的負債の一覧では、重要なシステム機能の未完成ぶりが明かされています。共通ダイアログ(CommonDialog)やセーブデータダイアログ(SaveDataDialog)は、呼び出されても何もしない「サイレントスタブ」として実装されています[8]。スタブとは、完全な処理を行わずに呼び出しだけをやり過ごす仮の代替プログラムです。加えて、描画やシステム制御を担う「libSceAgc」の一部関数シグネチャが未解明であることや、ゲーム側が要求する改変済みPRXの読み込みに対応していない問題も挙げられています[8]。また、シェーダー再コンパイラーはSPIR-Vの生成に成功しているものの、ポリゴン描画の補間に使われる「バリセントリック座標」を処理できておらず[5]、コントローラーの振動やモーション操作なども未実装となっています[11]。
後輩60FPS近く出ているなら一見完成しているように見えますが、未実装の処理に当たるとすぐ落ちてしまうんですね。
先輩エラーを回避して処理を継続する仕組みがまだ整っていないから、未対応の命令に触れた瞬間に停止するよ。
後輩セーブ画面も空のスタブだとすると、ゲームが進行してもデータを保存できない可能性がありますね。
先輩その通りだね。見た目のフレームレートが高くても、ゲームを遊ぶための基盤機能には大きな課題が残っているよ。
利用者への影響と求められる前提条件:暗号化解除ファイルと動作環境
大きな注目を集める動作報告の一方で、エンドユーザが実際に本技術を試すには極めて厳しい前提条件が存在します。AnyPS5の上流プロジェクトにおいては、現時点でGitHub Releasesに実行バイナリなどの配布物が一切掲載されていません[9]。プロジェクトのREADMEでは、少なくとも1つのゲームで完全な起動に成功した段階で初めてリリースを公開する方針が示されています[9]。
一方、ビルド済みバイナリを配布している派生プロジェクト「DeadCells-PS5 Native」を利用する場合でも、ゲーム本体は同梱されていません[3]。利用者は、合法的に取得したPS5版のゲームデータから、暗号化を解除(復号)したファイルを自ら用意して配置する必要があります[4]。このように、利用にあたってはPCユーザ自身による復号済みファイルの用意が求められます。
加えて、動作が確認されている対象範囲は極めて限定的です。派生版の検証対象は『Dead Cells: Return to Castlevania Edition』(タイトルID: PPSA15552)のみと明記されており、他のエディションや地域版、アップデートパッチ、再パッケージされたダンプデータは未検証であり動作しない可能性があります[10]。さらに、コントローラーの振動機能やライトバー、モーション操作は実装されていません[11]。グラフィックス面でも、VK_EXT_depth_clip_controlやテクスチャ圧縮(BC/DXT)、バッファデバイスアドレスなど、特定の拡張機能をサポートするVulkan対応GPUドライバーが必須となります[11]。
後輩ダウンロードすれば誰でも手持ちのPS5ソフトを遊べるというわけではないんですね。
先輩配布バイナリがあるのは派生版の特定タイトルだけで、しかも復号済みのゲームデータを自分で抽出して用意する必要があるよ。
後輩パッチや別エディションすら動かない可能性があるとなると、実質的には専用の実験環境に近いですね。
先輩操作機能の未対応や必要なGPU要件もあるから、手軽なゲーム環境とは言えないのが実情だね。
「PC動作」の到達点:全編完走や広範な互換性を断定できない理由
現在公表されている技術資料や検証結果から確認できる「PC上での動作」は、ごく限られた範囲にとどまります。確認できている事実は、『Dreaming Sarah』でのゲームプレイ到達と音声再生、および『Dead Cells』の特定版におけるシーン別の描画性能報告に限られています[12]。
これらの成功事例は、ゲーム全編の完走や長時間の連続稼働の安定性を証明するものではありません[12]。ましてや、他の多様なPS5タイトル、とりわけ大規模な3Dグラフィックスや高度な独自APIを酷使する商業作品に対する広範な互換性を保証する根拠にはなり得ません[12]。現段階での「PC上でのPS5タイトル動作」は、再リンクという新たな技術的アプローチの成立可能性を示した初期の実証実験と評価するのが客観的です。
後輩エミュレーションなしで動いたという事実自体は大きいですが、完全な互換性への道のりは長そうですね。
先輩再リンクという技術の筋道は示されたけれど、ゲーム全編の完走や他タイトルへの展開はまだ確認されていないよ。
後輩今の段階では、PS5ソフトがPCで自由に遊べるようになったと早合点せず、技術的な実証段階として見るべきですね。
先輩その通りだね。技術的な成果と未解決の課題を切り分けて、今後の開発動向を冷静に見守る必要があるよ。



